「鏡の見る夢」

夢にまで見た夢は夢のまた夢

懐古

そこは知の倉庫だった

私が育った街に

凛とあった

小さな本屋

足元から天井までが本で埋め尽くされた壁面

立て込んだ書架の為に、客同士が肩をよけながらすり抜けた通路

私はその本屋で自分の好奇心を広げていった

刺激された

そして、その場所を愛した




階段の赤いカーペットは、狭い建物の急な階段を

客が転ばぬ様に敷しいたのだろうけれど

雨が降ると、いつもグズグズになって

靴が汚れる羽目となった

雨の日に店を訪れる者は皆、苦笑いをしていた

でも、それがその店のスタイル

誰も文句を言わなかった

店員達はそれぞれが「本屋」で、勉強熱心

どんな質問にも答えてくれた

つーと言えば、かーと応えてくれる嬉しさ

BGMは控えめなジャズかクラシック

その旋律を楽しめるくらい、誰もが静かだった




時はいつの間にか過ぎてゆき、大きな書店がやって来た

そこにはコンビニエントに誰かが何処かで流行らせている物しか無いのに

人々はそこへ吸い込まれて行った

探し出す楽しみ、静かに吟味する時間を、奪われていると知らずに

ただ、沢山あるから、他人が欲しがる物を自分も欲しいから

それだけの為に





小さな本屋は、敵わなかった
たちまち、シャッターが下りたままになってしまった




時を同じくして
まるで、小さな本屋を潰す事が目的だったかの様に
大きな書店も去った





私が通い詰めた本屋の後には

今、無人

金を仕舞い込んだり吐き出したりする

機械だけがちんまりと並んでいるらしい




私が育った街だった
でも、私の愛した小さな本屋
そんな店すら営めなくなった街




何の未練も無い




私は、街から出て行った