「鏡の見る夢」

夢にまで見た夢は夢のまた夢

切花

硝子の器に挿された桔梗 薄紫も優しい秋の七草 花を咲かせる植物は 動く事が出来ぬから 艶やかに装飾した 生殖器を剥き出しにして 虫や鳥を誘惑し 風の力も借りて受粉する 結実の為、次の命へ繋ぐ為 したたかな戦略 そんな花を 切り殺し 人は眺めて喜んで居…

少女

本音

気持ちの良い五月の夜 美味しい食事を終えた後で 会話して居た相手から 「私はあなたの言葉で 殴られ続けている」 と、告白された アルコールで滑らかになった舌は 本音を吐き出したのだろう 一瞬にして私が触れる周りの景色が凍った 暴力に嬲られて育った私…

良心

胸の奥が痛むから 誰かに冷たく当たったのだろうかと 心臓を取り出してみたら 錆びて居た 油を差して 錆を落とした心臓を 慎重に戻す きやきやした痛みは取れたけれど 良心の痛みでは無かったらしい 何処かに持って居るのだろうか 優しさや正義など持ち合わ…

薔薇

抱擁

あなたが私を抱きしめる時 私の身体はすでに過去で 私はあなたの背中を通り過ぎている 私があなたを抱きしめる時 あなたの心は身体から離れ あなたは私の背中を眺めている 夕陽の様なあなたは 赤い閃光を一瞬だけ放ち うなずいた水平線の私に沈む 蒼い夜を静…

心臓

心臓を取り出したら 錆びていた ギスギスと生きて居るのは そのせいかと合点がいった 油売りを探しにゆこう 鼓動が止まらぬ内に 大きな瓶を背負い 良く日に焼けた顔の油売りを 西の方で見掛けたと 誰かが言ったとか、言わないとか

五月

空を見上げ あまりの眩しさに 光から逃げて俯いた 湾曲した視線は 影の的を射抜く 眼を瞑っても 光線の残像を持て余し 諦めるしかない 痛みにも似た感覚に痺れ 再び虚空を凝視してしまう 五月よ 光の魔法よ 呪文を受けた者達は 花々の周りを乱舞する 楽園に…

社会

鏡を見る瞳に 砂漠が映った ふとした仕草の端々が 乾いている意味を知る 漫然と生きる事は易く無く 日々の移ろいを 安全な場所から見送るだけで 競争に参加していない事を戸惑え と誰かが囁く 人の数だけ有る日常を 一つと数える計算に 目眩がする 個が個だ…

角度

鋭角の孤独を 慰める為に 足りない角度が知りたい 自分は何度ですか 幸せ迄 何度足りないのですか 分度器を当てて 答えてくれる人は居るだろうか いっそうの事 サンドペーパーで 削って欲しい ツンツン尖って 色々傷付けるのは もう疲れたから 取り敢えず 最…

初夏

皐月の声を聴いて久しい 春の花は散り 夏への支度が始まっている 新緑は光を帯びて煌く 風が樹々を撫でると 緑の欠片が四方へ弾け飛び散る 眩しい 人間は立ちすくんでいる 孤独の意味を考えている それぞれが個で有る事の実感に 不慣れな者は怯えている 思考…

物語

遊ぼ? 遊ぼう。 色彩の妖精は語らない 硝子の向こう側から 言葉の魔法使いに絵をそっと見せる 魔法使いは皆を集め その絵の物語を語り出す 私達はニコニコしてそれを聞く もっとお話しして もっとお話しして 今日はここまで 魔法使いも又 硝子の向こう側に…

夜会

ドアを閉める エンジンを掛ける ヘッドライトを点ける 外は車を叩き付ける雨 ワイパーを斥候に 夜を切り裂き滑り出す 高速道路、LEDのシャンデリア 見送り乍ら 万華鏡のアスファルトには 方向を失った水滴が踊り狂う 見惚れてはいけない 前を急ぐトラックが…

晴着

正月の結界が解かれ ほんの少し雰囲気だけ残って居た ハレは仕舞い込まれた 未だ暖かさを何処かに探すには 表は寒く ケを襟巻きして耐えて居る 何処に行ってしまったのだろう あのワクワクしたお正月 晴着を纏うのが待ち遠しかった 子供の頃 褪せていく行事 …

捜索

記憶はスプーンで抉り取られた 残っている方が少ない その方が幸せかも知れない 嘘 思い出せない記憶に未練タラタラ あれも無いこれも無いと 頭の中を引っ掻き回している 実は最初から無かったのかも知れ無いと 自分を説得してみるけれど納得し無い 記憶と記…

椅子

真夜中の時計の音を聞きながら 後、どれほど数えたら朝が来るかと考える 美しいものを想像したり 優しい出来事を思い出したり そんな事は無理だと判っているから 深呼吸して時が過ぎるのを待つ 指先が悴む 猫が鳴いている 冬の太陽の微かな匂い 少し乾いた喉…

永別

いかないでと強く握っていたはずなのにあの人は静かにその手をすり抜けてしまった消えない声や笑顔や言葉を残していってしまった 時計の針を戻しても差し伸ばした手を力強く握り返してくれたあの手はもうどこにも無い初夏の日差しにくっきりと輪郭を落とした…

深夜

その女達は街灯の下に立たない 四つ辻に隠れるでも無く佇み 行き過ぎようとする男に声を掛ける 「女遊びしませんか」 まるで市場に行った帰りの様な普段着で 知り合いと立ち話でもしている風に ネオンを避けて暗がりの中 幾ばくかの稼ぎを得ようと 自分を伴…

透明

蛇口を捻り指先を水に預けるシンクを叩く音は単調で無慈悲に何処かへ流れ去る指だけが残され冷えてゆく 液体と固体の狭間で揺らぐ肉体は常に不完全で完成を求める程、細胞は死にその骸を弔い続ける透明に憧れる悲愴 硝子のコップに水を注ぐ冷えた指を震わせ…

手紙

返信の来ない手紙を書き続ける お元気ですか もう夜は秋のにおいがしますね 夏を秋を早駆けした虫達の死骸のにおい この前、百日紅の幹で蝉の幼虫の抜け殻を見つけました 今頃脱皮して大人になっても ああそうですね 子供で居る事に我慢がならなくて羽をきれ…

読書

本を開くと 頁に並んでいる文字が ぼろぼろと落ちた 拾い上げようとしたら 何かの文字の欠片が指先に刺さり 血が滴った 次の頁をめくっても 次の頁をめくっても 文字はこぼれ落ち 足元は黒い小さな破片で埋もれてゆく しばらく眺めていたけれど 立ち上がり …

断片

如月 街灯の下 風が瞼を切る 午前五時 ・・・・・・・・・・ 車が屋根に積んだ雪を零しながら走り去る。 落とし主不明の荷物を一欠片、手袋を外して拾う。 ・・・・・・・・・・ 鳴る風に釣られて走った視線の端に咲き折れた水仙 ・・・・・・・・・・ 突き…

杜若

この窓を開けたら 杜若が観えないか 触れるもの全てを傷つけそうな深緑の刃に守られ 濃紫の、真白の冠を頂き 切れ長の黄色い眼で鋭く三方を見張りながら 人を寄せ付けぬ水辺に群れる 気高い花が観えないか 雨音が響く孤独の部屋の その堅く閉ざした窓の外で …

夏至

呪縛

私をほどいて その指で かたくなな結び目は がんじがらめ 引きつり、歪んで 肌に食い込み 赤い痕になっている 動けば動くほど 縄は痛くて うつぶせに転がっている どのくらい時間が経ったのかわからない ここが何処なのか忘れ 刃物を探す気も失せた 痛みに耐…

花束

夢想

黒髪

部屋

鞭を撓らせ固く冷たい床を打つ様な声で 女は拒絶する 男は黙っている 抑圧の全てはお前のせいだと罵る女の 軽蔑と憤怒に満ちた青い炎を立ち上らせる瞳を見ている かつて椿の花弁の様に紅潮し、しなやかに自分だけに捧げられた肢体を 耳に押し当てられた柔ら…

陽炎

桜の木の下で爪を噛む子が遠くを見ている眉を顰めながらじっと何処かを見詰めている 桜の花は散っていて咲いていたのが本当か春の仕掛けた華やいだどんでん返しの芝居の様で慌ただしく新緑を纏った枝は何も無かった顔をしてざわざわと風に騒いでみせる 春だ…