「鏡の見る夢」

夢にまで見た夢は夢のまた夢

徹夜

瞬きすら忘れて 手繰り寄せる様に朝に行き着いた 夜はその影をいつの間にか引き取っており 気が付いたら部屋は顔色を変えている ただ、春の日差しが ぽかんと窓の形に床へ落ちる 闇を閉じ込めていた場所に不釣り合いな光は うろうろと居場所を求めるけれど …

途中

生まれたその日に乗り込んだ 葦舟に揺られ 両岸の見えない川を下る 帆は無く、櫓も無く ただ 漂い来る言葉を 拾っては捨て 拾っては捨て そして呟き 死ぬ迄の あわいを 玩ぶ

陶酔

しどろもどろの蚯蚓がのたうつ 頭痛だと思っていた けれど、それはやがて蛇になり 玉虫色に鈍く光りながら蜷局を巻いて がらんどうな頭骸骨の中に鎮座した 無限の口から二本の青い舌を俊敏に出し入れしては 紅玉の眼でひりひりと視線を監視している シュ、シ…

室内

遮断された光が地団駄を踏む 束の間の視線を投げかけたその先は 時間を追いかける引きつった空間が広がる 風景に酔ってはいけない 全てはいつか壊れる 今は刹那に過去となる どんな感情も鮮度を保ったまま 記憶するのは難しい 座っている椅子が、昨日の物と…

連鎖

言葉遊びに現を抜かし 虚ろに絡まり睨めっこ 鏡の中身は抜け出して 残った硝子で万華鏡 砕けた記憶は散り散りに 百科事典へ逃げ込んだ 頁を捲って探しても 昨日の月は戻って来ない 鋏に挟んだ針金飛んで 時計に刺さって深夜を刺す 笑わないのは蜥蜴だけ 掌/…

草紙

大嘘吐きで馬鹿正直なそんな女がおりましてどうしようもない男に惚れては身包み剥がされ捨てられておりましたどんな酷い眼に遭ってもあははと笑って白を切り一人になると泣きながら、夜道を歩いておりました 大嘘吐きで馬鹿正直なそんな女はいつもバレる嘘を…

電車

線路をはみ出した電車が ガタガタと音を立てながら夕陽に向かって走って行く 誰かが待っているプラットホームを見向きもせずに 落ちようとする太陽を追い掛けている 客席には誰もいない 運転手もいない ただ、空っぽの四角い電車が一両で 走り慣れないアスフ…

存在

無意味な言葉は要らぬと言われて 私の口はなくなった 口がなくなったから綴ろうと思ったら 下らぬ事を書くなと言われて 私の腕はなくなった 書く事が出来ずに泣いていると 泣くなと言われて 私の眼はなくなった 何も出来なくなった私がうろうろしていると そ…

夢中

夢にまで見た夢は夢のまた夢 背伸びをしても届かないから ジェイコブスラダーを待ち侘びる けれど、それは空気の煌めきで 私はエルメスの翼靴を持っていない 少彦名の様に粟に乗って飛んでみたいけれど まだ畑に芽吹きは無い 希望も願望も混沌 叶えられるも…

恋慕

海が見えなくて 私の中に海がいっぱい 遠くない 近くない 潮騒は聞こえるのに 波は闇の奥で どこにでも繋がってゆく水に憧れる 色んな形に変化する水を畏れる 水の母、海 恋しい 海が見たくて 私の中は涙がいっぱい 繋がれ、繋がれ 涙の形をした私と海 つな…

飛梅

あなたが呼んだから 私は飛んだ 身も凍る如月の東風を切り裂いて 裏切られ 安息の地を逐われたその人を、涙を泉に変えたその人を 何故に忘れられようか、無惨に放っておけようか あなたの為の 花嫁衣は純白の花 弾けんばかりの蕾を一つも零さぬ様、ただ一途…

群青

見えない海に沈んで 水面を眺めている 青に散る光 痺れた四肢を放ったらかしにして 涙の匂いのする液体に溺れている 身体が揺れているのか 意識が歪んでいるのか 体内の 細胞の 隅々までの水分が 解き放たれてゆく 枯れた珊瑚の様に砕けて このまま砂になれ …

空転

言葉がもつれて 感情に追い付かない 横書きのフォントでは表せない気持 私はいつ、ペンを捨てたのだろう

浴室

濡れた髪から落ちる雫 洗い流れる残り香 シャワーが叩く肌 自分で抱く肩 このまま 水になって流れてしまいたい 叶わない願いを抱いたまま ひっそりと透明になって どこかへ消えたい 湯気だけをまとって 唇を噛む 月夜

役者

抱えた狂気の その滑稽さを笑え 誰にも見えぬ荷物 何をそんなに重そうに引きずるのかと 自分を笑え パントマイムの役者の様に 無い物を有る様に演じられるのなら 有る物を無い様に演じればいい 愚かだと罵る者が居たら その者を嗤え 束の間の人生 悲劇も喜劇…

伐採

まだ、咲かぬのに 百日紅は幹を切られ 開きかけた蕾をたわわにたくわえたまま 落とされた枝は焼かれた 毎年、紅い花より遅く咲いた 見上げては、いつ咲くか、いつ咲くかと 心待ちにしていた 真白な花だった まるで夏に咲く桜のごとく 一途な可憐を見せてくれ…

遺言

百足を殺した夜 左手の薬指が真っ赤に腫れた 断末魔の叫びの代わりに 私の利き手に渾身の力を込めて噛み付き 黒光りする虫は 悶絶の痛みを残して死んだ 痛かろう? 殺したお前が悪いのだ 生きているから痛いのだ 存分に生を味わえ 亡骸は小さく縮こまり もう…

告白

薔薇に告ぐ 秘めた思い 棘さえかまわず 唇に寄せる紅いヴェルヴェット 焦がれて熱い吐息とともに 咲き乱れ 散ってゆけ 密かに

雑踏

人がいて 人がいて 皆 独り

挑発

恐怖をしらない 幸福もわからない 中途半端に ねじれている そんな抜け殻の大人たちから 育たぬ前に去勢され 生き抜く力を鍛えられず ただ、老いる事だけに熱心で 「今」を使い果たす子供たち 命の固まりだったはずなのに 生まれた時から疲れ その重さを持て…

選択

愛する者の為に死ぬ 愛する者から「殺してくれ」と懇願されたら殺す どちらの愛情が勝っているのだろう 最近、そんな事ばかりを考えている

解放

糸切り歯で噛み切った 赤い糸は 小指の先にぶら下がる 血管の有様 もつれてほどけない縁/えにしは 指を縛り 胸を締め付け 夜に閉じ込める 途方に暮れて だから切った 唇から血を滴らせ さあ お行きなさい 歩いて行ける 今なら 何処へでも

失恋

言葉が哀しい 恋でたわむれ はじけた言葉が 愛に着地するとは限らない 許されない時間と 切ない空間を漂う 嘘はさびしい 視線を瞼でさえぎる時 思い出の断片は まつげに集まって 涙に流れる 言葉は哀しい 取り戻せないから 言葉は哀しい

彼岸

何もかもが飽和状態で木の芽時

足跡

咲き初めた水仙が 立ちすくんでいる 蕾の間にまで、雪をたくわえて 静かに 雪明かりでぼんやり淡い寒空は 人の暮らしに寄り添う様々な色を隠す 真っ白な闇は音を吸い取って 密やかに固まった 振り向いて足跡を見遣ると 心細い形 雪が降れば消えてしまう 雪が…

沈黙

視線を遊ばせていたから 背中が空っぽになった 肩透かし 鎖骨が震える 三日月が刺さりそうで怖い 眼を瞑ったら 雪の匂いがした

即興

言葉遊びに現を抜かし迂闊に上擦る手持ち無沙汰の多彩な気持ち

黎明

夜を通り抜けた空が 朝のほとりに辿り着く 紫に薄まってゆく闇 赤く滲む地平線 凍った空気を切り裂く甲高い鳥の鳴き声 冷えた雲は低くゆっくりと漂っている ほんのりとした前兆だった光が 太陽の固まりとなって鮮やかに昇る時 地表は柔らかに目を覚ます 影の…

冬眠

空は冬に澄んで 雲が雪を連れて来る 掌の中で眠らせて 永遠に春を待つ種 小さな夢を包んだ結晶 花を咲かせるその時まで 静かに 静かに あなたの胸で眠らせて

信号

雨の夜 世界の片隅の部屋に取り残され ひとり 誰も読まない言葉を綴る 繰り言 繰り言 外は雫で満たされているのに 内側は涸れている 飢えている こんなにも穏やかな夜なのに安らげない 隙間だらけの気持ちから 血の様な溜め息が滲む S O S S O S 聞こえませ…