「鏡の見る夢」

夢にまで見た夢は夢のまた夢

捜索

記憶はスプーンで抉り取られた

残っている方が少ない

その方が幸せかも知れない

 

 

思い出せない記憶に未練タラタラ

あれも無いこれも無いと

頭の中を引っ掻き回している

実は最初から無かったのかも知れ無いと

自分を説得してみるけれど納得し無い

 

記憶と記憶力は違う

力は無くなったかも知れ無いけれど

記憶は何処かに残っているはず

 

探せ

探せ

憐れなプライドが叫ぶ

 

あの花の名前を忘れてしまった自分に恐怖した

何時迄もあの花と呼び続けるのだろうか

思い出せ無い悔しさを抱きながら

 

たった一言

誰かに

「教えて下さい」

尋ねれば済むものを

 

 

椅子

真夜中の時計の音を聞きながら

後、どれほど数えたら朝が来るかと考える

  

美しいものを想像したり

優しい出来事を思い出したり

そんな事は無理だと判っているから

深呼吸して時が過ぎるのを待つ

  

指先が悴む

猫が鳴いている

冬の太陽の微かな匂い

少し乾いた喉

閉ざそうとしても開いてしまう瞼 

五感はチグハグ

 

憂鬱とは脳の中だけを蹂躙するのでは無い 

全ての感覚を麻痺させ奪う 

それを実感するのは夜

 

どんな薬も効かない闇の栖と化した城で

不眠の主と成り 

せめて座り心地良く誂えた椅子に片肘付いて 

静けさを弄ぶ

 

逃げ場所は

何処にも無いのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永別

いかないで

強く握っていたはずなのに

あの人は静かに

その手をすり抜けてしまった

消えない

声や笑顔や言葉を残して

いってしまった



時計の針を戻しても

差し伸ばした手を力強く握り返してくれたあの手は

もうどこにも無い

初夏の日差しにくっきりと輪郭を落とした影を

見る事は出来無い



掛け替えの無いものを失った時

人間は途方に暮れる

躯中の細胞が空っぽになるまで

流せるだけの涙を流しきり

憐憫の湖に自分を突き落とす

もしくは自分の中に閉じ篭って

外界と通じる扉や窓に鍵を掛ける



あの人はそう望むだろうか



あなたは強かった

優しかった



もがいてみようかと思います

もがいて、もがいて

悲しみや、非力な怒りを思い出に出来るまで

なんとか生きてみます

あなたには適わないだろうけれど



だから

さよならは言いません

一言だけ贈ります




ありがとう

深夜

その女達は街灯の下に立たない


四つ辻に隠れるでも無く佇み


行き過ぎようとする男に声を掛ける


  「女遊びしませんか」


まるで市場に行った帰りの様な普段着で


知り合いと立ち話でもしている風に




ネオンを避けて暗がりの中


幾ばくかの稼ぎを得ようと


自分を伴って歩いてくれる男を待つ




夜を立ち続ける女達は


どんな影よりも深く


闇を呼吸している


それを知っている男達は言う


だから俺は


あの女達と接吻しないのだ、と


闇に閉じ込められたくは


無いのだと

透明

蛇口を捻り

指先を水に預ける

シンクを叩く音は単調で

無慈悲に何処かへ流れ去る

指だけが残され冷えてゆく



液体と固体の狭間で揺らぐ

肉体は常に不完全で

完成を求める程、細胞は死に

その骸を弔い続ける

透明に憧れる悲愴



硝子のコップに水を注ぐ

冷えた指を震わせながら唇に運び

飲み込む透明

既に内包しているはずの

然し失わず得ないものを

手紙

返信の来ない手紙を書き続ける


お元気ですか
もう夜は秋のにおいがしますね
夏を秋を早駆けした虫達の死骸のにおい
この前、百日紅の幹で蝉の幼虫の抜け殻を見つけました
今頃脱皮して大人になっても


ああそうですね
子供で居る事に我慢がならなくて羽をきれいに乾かさないまま
中途半端に大人になって
挙句の果て風任せでその日その日を漂っている私より
他の者達から遅れてでも地面に這い上がって来た
この蝉の方がよっぽど健気で立派かもしれない
お元気ですか
私は今日も空を眺めています


返信の来ない手紙を書き続けている
あて名もあて先も何も無い手紙を
赤いポストに投函する
今は沈丁花が植わっている
その場所に

読書

本を開くと
頁に並んでいる文字が
ぼろぼろと落ちた


拾い上げようとしたら
何かの文字の欠片が指先に刺さり
血が滴った


次の頁をめくっても
次の頁をめくっても
文字はこぼれ落ち
足元は黒い小さな破片で埋もれてゆく


しばらく眺めていたけれど
立ち上がり
文字を踏まない様気を付けながら
箒で集めて塵箱に捨てた


私は自分の言葉を綴り始めた
白い本に
赤い血を滴らせながら